ジャマイカの障害児とむきあう作業療法士!あゆみさんに聞くvol2

JAJAマガジン

あゆみさんに聞く!前半では作業療法士のお仕事やジャマイカでの活動についてお話を伺いました。前回のお話がまだの方はこちらからお読みいただけます。

後半となる今回は、ジャマイカの障害のある子供たちが置かれている状況についてよりさらに詳しくお伝えしていきます。前回に引き続きお話を伺うのは、2018年度4次に青年海外協力隊としてジャマイカへ派遣されていたあゆみさん。障害のある子供たちが通う施設を運営しているジャマイカのNGO団体で作業療法士として活動していました。

  <目次>

1、印象に残っている子供たち

2、ジャマイカ障害児の置かれている生活環境

3、卒業先の進路について

4、障害者の社会参画を進めるために

筆者
筆者

あゆみさん!では今回もよろしくお願いいたします!

よろしくお願いいたします。

1、印象に残っている子供たち

筆者
筆者

前回CBRJでは30人もの障碍のある子供たちを、スタッフ4、5人でケアしていると聞いて本当にびっくりしました。忙しい毎日だったと思うのですが、活動をしていく中で印象に残っている子はいますか?

みんなかわいい子たちだったから、とても印象に残っています。中でも印象に残っているのは、私が行ったときに既にいた3歳の男の子ですね。机の上に登って飛び降りたり、走り回ったりとか、壁にかじりついてガジガジしたりとか。とにかく動くのが好きな子でした。

それに対してスタッフのやっているアクティビティーが、その子に何かをみせてこれは赤だよ。これは青だよ。まだ赤、青に興味があるかどうかわからなかったし、長い言葉を聞くのは難しそうだなと思っていました。座れる時間も長くなくて。

遊びのアクティビティーがなかったので、スポンジのスタンピングのアクティビティー

子どもは成長するためにたくさんの感覚遊びを行って自分の体に気づいたり、外界を感じて操作していくと言われています。両手を合わせてみる、視界に入ったおかあさんや手、おもちゃを見てみる、おもちゃを振って音を鳴らしてみる、たかいたかいで揺れを感じるなど。ご飯をぐちゃぐちゃにして遊ぶのも好きですね。その子は加速や回転を感じる前庭覚とか、体の位置や動き、力の入れ具合を感じる固有需受容覚が感じにくい子で、でもそこを感じられるとすごく楽しいのかなという印象でした。

まずはその子と仲良くなりたくて、私に注目してもらうために好きな感覚の入る遊びをしました。高い高いしたり、おんぶしたり、足もって逆立ちさせたりしてました。そういう遊びをしてたらだんだん懐いてくれて。

外遊びの一場面

私に関心を示してくれるようになったから、一緒にパズルをはめるとか。そういう遊びが楽しいかなって。まだ言葉が出なかったけど、人に興味を持って一緒に遊ぶことができるようになりました。そうなると四六時中おんぶしてってくるから、急に飛び乗ってきてすごく困ったこともあったけど笑

子どもが増えて、その子になかなかかまってあげられなくて、遠くから見ているようになったこともあったんだけど、段々とそれも受け入れられるようになって。

お母さんがことばが出てほしいということをずっと言っていたので、まね遊びをしようと思って、食べ物のカードを持っいくと本人が自分から食べる真似をしてくれました。そうしていると口の動きもまねできるようになってきて「ぷ」の音を一緒にやったりしていました。彼は私が活動を始めたときから来ていたので、1年ほど成長を見られてうれしかったです。同僚にも今日はこんなことができてと報告していました。

筆者
筆者

慌ただしい日々の中で子供たちの成長が見られるのは、作業療法士の特権ですね。その子にとっても、くるくる回ったり、おんぶしてもらった時の浮遊感とか自分の感覚が満たされる遊びは楽しかったんだろうなーと想像できます。なんで子供の頃はあんなに走ったり、ジャンプしたりしていたんですかね。自分でも不思議です笑

筆者
筆者

CBRJでは彼らの成長と個性に合わせて、色々な遊びや活動をできるそうですが、ご家庭ではどんな環境で過ごしているのでしょうか?障害のある子供たちにも、貧困の問題はかなり影響してきますよね。

2、ジャマイカ障害児の置かれている生活環境

貧しいかどうかは分からなくて、私のとこに来ていた子たちは車があったり、ちょっと遠くでも送ってもらえるような子たちだったから、すごく貧しいかといわれるとそうではないかもしれません。お金持ちでもないけど。

タクシーに一人で乗れる子は運転手に預けられて乗り合いタクシーできます。お家が遠くて、タクシー代を出すのが大変だから週に3回しか来れない子とかはいましたね。

子どもによっても差があって、持ってくるおやつとかで、フルーツを持ってくる子は恵まれてるなとか(栄養を考えてフルーツを買う経済力がある)、大体はすごい色のついたスナックなので。あとは、学校が指定した教科書とかクレヨンとかは家庭で用意してもらうんだけど、持って来れる子ともって来れない子といるから、そういうところに差はあったかな。

主に肢体不自由の子が過ごす場所

私がいた地域でも、明らかに障害者に意地悪したりとか、障害者がいるから悪魔が付いたんだみたいな迷信は聞いたことないです。でも親に対するアンケートの中で、「身ごもった時に障害のある子を見たから障害を持った」って項目があって、スタッフに聞くとそういう迷信があると教えてもらいました。

学校で受け入れてもらえないのは単純にマンパワー不足なのと、あとはどうやって教育していいか分からないという感じはありましたね。

でもCBRJに来られる子がいる一方で、昔家庭訪問をやっていたときに、スタッフが関わっていたおうちを訪問させていただけたことがありました。マンデビル周辺から車で少し行ったところにある家に住んでいる、主に知的にも身体的にも重度な13歳から26歳の子どもや大人のいる家庭をいくつかスタッフと訪ねたのですが、家の前が急な坂道や、家まで入るのに車の通れない狭い道を通らないといけない家もあって、外に出るのが物理的にも難しいんだろうなと思いました。イベントで知り合ったお母さんで息子が17歳だけど一度も学校に行ったことがないという人に出会ったこともありました。

家庭の事情でいうとジャマイカだけに限らないかもしれませんが、家庭の子どもの受け止め方がうまくいっていなくて、兄弟と比べられて、おまえはできないといわれていたりして、とても傷ついている様子で、それがセンターでも癇癪という行動に出てしまっている子がいました。

もう一人の子は、普通学校に行っていたけれど、学校でうまくやっていけないからと連れて来られた子がいて、詳しいことはわからないけれどいつもお腹をすかせてセンターに来て、大人の気をひくためにわざと困ることをする子がいました。困ることばかりするけど、帰るのはすごく嫌がる。

勉強についていけるかいかないかより、家庭環境がうまく機能していなくてそれが行動にも影響を与えているんだろうなと思っていました。

2人とも6,7歳くらいの子で、この子たちは機能的な障害は他の子に比べて重くないけれど、社会に出てきたときに犯罪に巻き込まれたりしないかとか、この子たちはどうなっていくのかとかいろいろと思っていました。コロナ禍の学校が閉まっている状況下でも一番気になっている子たちです。

クリスマス会

一方で国からは保障されていなくても、助け合いの精神が根付いているなと感じたこともあります。

自分の子じゃなくても育てられない子を預かって育てていたりとか、障害を持っている子を自分の家で何人かお世話している人もいて、コミュニティの外で過ごしているのを見かけないだけで、コミュニティの中で助け合って生活しているのかもしれません。本当に家から出られない人は、地形的にもでこぼこの奥まったところに住んでいたりするので、地域差も多いかと思います。

筆者
筆者

ジャジャでお世話になっているテーラーのユリさんも養子として大切に育てられたと伺いました。地域で子供を育てていったり、困ったときはお互いさまで協力しあえたりする、温かい国なんですね。

途上国あるあるかもしれないのですが、良くも悪くも自分と他人、自分の家庭と他人の家庭の境界線が限りなくゼロに近いんだなと感じることは多いです。そしてそれが外国人でも分け隔てなく接してくれる優しさがありますよね。

筆者
筆者

そして気になるのが、子供たちの卒業後の進路です。

ジャマイカでは障害のある方の働き口はどれぐらいあるのでしょうか?

テーラーのユリさん(一番右)、養父母のアンドリューさんリサさんご夫妻

3、卒業先の進路について

障害のある方が働く場所はほとんどないのが現状です。

首都のキングストンであれば、特別支援学校のなかに作業所があってアクセサリーを作っていたりもしますが、行けるのは一握りの卒業生10人ぐらいです。他にも聴覚障害の人が働いているカフェ、デフキャンコーヒーもありますね。

政府のプログラムとしても職業訓練があって、トレーニングや実地訓練合わせて6ヶ月のプログラムなんだけど、訓練した後に行く場所があるわけではないんです。スーパーとかレストランとかで知的障害の子が働いているのをチラッと見かけたことはあるけど、たぶんそのプログラムなのかな。他の隊員に聞いた話では、親がお金持ちだと、身体障害があっても知的にそこまで低くなければ働いているっていうこともあるみたいです。だけど全体としてはほぼ行くところはないですね。

筆者
筆者

日本だと障害者雇用促進法もあって、事務職やSE、デザイナーや工場内作業とか健常者とあまり変わらない雇用環境が整っていますもんね。それはそれでまだまだ制度に問題があったりもするのかもしれませんが、少なくとも、障害のある方と社会の接点はジャマイカよりも多くあるのかなと感じました。

筆者
筆者

では、ジャマイカで障害のある方の社会参画進めるためにはどうしていくべきだと思われますか?

4、障碍者の社会参画を進めるために

答えはジャマイカの人たちの中にあると思っています。

日本は卒業したら行くところがあるけど、だからと言ってすべてが上手くいっているかっていうとそうじゃない気がしていて。日本の場合、マジョリティー(多数)の意見が優先されてしまうので、どっちかというと病気の予防とかアンチエイジングとか。障害にならないことが良しとされている感じがします。

多様な選択肢やチャンス、価値を一つのものさしではからない社会の寛容さがあればいいなと思うのですが。日本もいろんな意味で模索しているところもあると思うし、文化も状況も違うので、日本をすべてモデルにするのではなくて、ジャマイカなりの方法を模索する必要があると思います。

マンデビルの市場

ですが、言えるとしたら2つあって、財源が少ない。ということと、障害者というのがジャマイカの中では保護される対象になってしまっているのかなと思います。一人の人として自分の意思があって、自分の生活があって、こんなことがしたいんだ!っていうのが言えない状況なのかもしれないなと・

どう社会参加を進めていけば良いかは分からないけど、アメリカや日本では最初は何の保証もないところから当事者の人が頑張って、“自分たちには自分たちの意思があるんだ”という活動を経て勝ち取ってきたから今の法律とか福祉があるのだと思います。

だけどジャマイカにはそういう考えがないんです。

筆者
筆者

社会や色々な人と触れる世界が少ないから、障害者の方の住む世界が小さすぎて、選択肢として「自分たちの権利を勝ち取っていこう」というアイデアが出てこないということですか?

そういう考え方もあるかもしれない。昨年の3月にモザンビークとかマレーシアとかモンゴルの障害持っているひとに関わる人たちの研修があったのですが、マレーシアでは子どものときから、セルフアドボカシーの活動を行っていくキャンプをするそうです。

筆者
筆者

ロールモデルとなる先駆者の存在は大切なんですね。障害のある方々の行動力で法整備が進んだ日本は、次の段階として、障害のある方たちに対する健常者の心の持ち方を変えていく必要があるのかなと個人的に思っています。

その人の“障害”にフォーカスする24時間テレビのような番組ではなく、健常者と同じようにその人の個性とか生まれ持った面白さにフォーカスする番組があったらいいなと。

筆者
筆者

少し話がそれてしまいましたが、最後の最後に教えてください!

ジャマイカのいいところはなんですか?

5、みんなに教えたい!ジャマイカのいいところ!

面倒だなってところはいっぱいあるけど。笑 仕事でもさっさと前にすすまないことや、こちらが伝えたいことがイメージの共有がない分伝わりにくい。それは文化の違いもあるし、相手が専門職でないローカルな人たちというのもあります。その分、小さな前進は私にとっても同僚にとってもとてもうれしいことでした。

出会った人がいい人達で、人を喜ばせるのが好きで、ジャマイカの食べ物を紹介してくれたりとか。

ジャマイカ中の全種類のマンゴーを食べなさいって持ってきてくれたりもしました。あと自分たちのことが好きで、ジャマイカのこともすごく誇りを持っていて、姉御肌な人が多いです。

いろんな種類のマンゴー、ライチ、バナナ

あんまり社会の制度がちゃんとしていない分、みんなが挑戦できるというか。やりたいことができる環境もありますね。

筆者
筆者

自分に自信があって、世話焼きで、姉御肌。やっぱりジャマイカの方々はイメージ通りのパワフルですね!

ジャマイカに戻っての活動が再開したら、またお話を聞かせてください!

あゆみさん長々とインタビューさせていただきありがとうございました。