JAJA MAGAZINE

ジャマイカの障害福祉事情③

ジャマイカの地域で暮らす障害児者 

ケリーシアちゃんのケース

「ジャマイカにおける障害者の居場所づくり事業」を立ち上げるにあたって、ジャマイカの地域で障害のある人たちがどんな風に暮らしているかを知る必要がありました。そこで、コミュニティーで暮らす障害児者の自宅を訪問し、聞き取り調査を行いました。

重度の身体障害(おそらく脳性麻痺)を持つ6歳のケリーシアちゃんは、St. Ann県の小さなコミュニティーでお父さんと暮らしています。シングルファーザーのお父さんは定職を持たず、大工仕事を中心にその時ある仕事をしながら一生懸命ケリーシアちゃんを育てています。ジャマイカでは約8割の母親がシングルマザーであると言われるほど未婚率が高く、あちこちに子供を作ったまま父親としての責任をほとんど放棄してしまう男性も少なくありませんが、ケリーシアちゃんのお父さんは対照的に、重度の障害を持つ娘を男手一つで精一杯育てています。

お父さんに「ケリーシアちゃんの障害は何ですか」と尋ねた時、お父さんは「分からない」と答えました。ケリーシアちゃんはこれまで、医師による障害の診断(アセスメント)を受けたことがなかったのです。

ジャマイカの障害福祉は先進国に比べるとまだ発展途上にありますが、何も無いわけではありません。障害を持つ人はジャマイカ障害者評議会(JCDP:The Jamaica Council for Persons with Disabilities)に登録し、必要に応じたサービスの案内を受けることができます。しかしアセスメントが無ければサービスを受けるための登録をすることが出来ません。

私はお父さんを説得し、まずは障害福祉事業を担当する労働社会保障省(Ministry of Labour and Social Security)にケリーシアちゃんとお父さんを連れて行き、アセスメントを受けるための費用補助を申請しました。障害者評議会に「医師による診断を受ける数万円の費用が払えない人はどうすればいいのか」と尋ねた際、管轄の省庁で費用補助を申請するよう指示されたからです。

日本の障害者支援の経験から、ジャマイカでも最初は支援を断られるであろうと予測していました。文字の読み書きが苦手なお父さんが1人で手続きするのは困難で、一度断られると諦めて帰ってきてしまうと思い、省庁に同行することにしました。日本でもジャマイカでも、行政との折衝は押してもダメなら押して押す、です。決して引き下がってはいけません。

省庁では予想通り、一度は「まずは自費でアセスメントを受けてもらわないことには前に進まない」と断られました。私が担当職員に「それではアセスメントを受ける費用を持たない貧しい人たちは福祉サービスを受けられないのですか」と反論し、「どうか助けて頂けませんか」と懇願するのを、ケリーシアちゃんはぽかんと見ていました。担当した女性職員が、父に抱かれる幼い障害児を見て「こんなに可愛い子がねぇ…」と言って手続きを始めた時は、安堵のため息が出ました。

このような行政手続きに関して、低所得層の人たちはあまり知りません。私はたまたま、日本における障害者支援やジャマイカにおける青年海外協力隊活動、NPO法人LINK UP JAJAの活動を通して多少の行政手続きに関する知識があり、省庁職員とのコネクションもあったので、今回の補助申請やサービスへの登録がスムーズに進みました。しかし低所得層は情報へのアクセスが少なく、出生証明書やパスポートなどのIDを持たない人も多くいるため、手続きまで辿り着かない、または手続きを途中で諦めてしまう人が多くいると思います。

ケリーシアちゃんは無料で医師による診断を受け、正式な障害名がついて、ジャマイカ障害者評議会に登録することが出来ました。また、お父さんはケリーシアちゃんを抱えて移動することからひどい腰痛を発症しており、そのことを知った評議会からケリーシアちゃんに車椅子が贈与されました。さらには、お父さんは低所得者への援助プログラムに乗ることが出来て、少しの資金援助を受けることが出来たのです。ケリーシアちゃん担当のソーシャルワーカーもいます。ケリーシアちゃんの件を通して、「障害福祉なんて何もない」と思っていたジャマイカに少しの障害福祉制度があることを学び、しかしサービスにアクセスするにはハードルが高いことも分かりました。

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今回、自らコミュニティーに入り込んで調査することで、たくさんのニーズに出会いました。そして、支援が必要な本人に代わって調べものをしたり省庁と交渉したり、行政サービスに繋ぐまでのサポート、言い換えれば「支援を受けるための支援」を行いました。コミュニティーには確実にニーズがあり、必要な支援を受けられていない人たちが山ほどいます。住民からの申請を待つだけでなく、行政側からコミュニティーにアウトリーチする必要性を強く感じます。「助けて」と言うのにも、誰にどう助けを求めるか、知識や経験が必要とされるからです。

ケリーシアちゃんは6歳で、本来であれば就学を始める年齢ですが、ジャマイカでは行政から就学を案内されることはなく、こちらから特別支援学校などに申し込まなければいけないようです。障害のある子もない子も共に学ぶインクルーシブ教育は実現していないので、まずは彼女を受け入れてくれそうな特別支援学校を探すのが現実的です。子供の教育機会を逃してはいけないと、お父さんを励ましてケリーシアちゃんの就学の実現を後押ししているところです。

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